海辺と砂漠ほどかけ離れた価値観の中で、その橋渡しの様な毎日に疑問と苦痛を感じる様になった話からの~~話!笑

こんにちは(・ω・)ノ
はぴゆるの森のきょんです♪

突然ですが!!

今回のこの記事、誰のためでも無い わたしの為に書いてるので、すん( *`ω´)!!っごく長くて面倒臭い上に理解しにくいこと書きます!!

苦手な方、バッツリUターン願います!!笑

さて、お恥ずかしい話、わたし、卒婚を心に決めた四年前の時点では、わたしを支えてくれる新たなパートナーさんが当然現れる!!
と、真剣思ってました。爆

自立するんだ!これから独りで歩くぞ!!って、真剣に思ってた傍らで。笑

卒業したら、即入学!!
みたいな?!笑

当時は未だ心の何処かで、この日本って国では女性は一人では とても生きてけないっ!て、思ってたんだな、たぶん。

ってか、そもそもわたしは一人で生きてくなんて選択肢すら無かったんじゃね!?本音では、んなことこれっぽちも思いもしてなかったのかもよ!?笑

だから、誰かと寄り添い合いながら自立するんだ!
ってのが当時の噓偽り無いほぁほぁ~っとした感覚だったかもな!!(今となってはウロ覚え…)(↑▽↑)

 

けれど!!

 

今!!

 

結果、一人!!!爆

 

お見事!!(ズッコーーーン)笑

 

ってか、実は、
わたし、こんな風に生きてゆきたくって卒婚したんだったぁ~!

って改めて日々満喫してます!

 

いや、勿論、現在いっぱいの素敵な人たちのお世話になって、色んな素晴らしい方々に関わって頂きながらようやっと歩いてますがw

わたし自身の感覚は、当時のそれ(卒業→即入学)とは全く違います。

 

言葉ではあらわし難いけれど。

 

わたし、こんな風に一人で歩く事がしたかったんや~~っ!!

わたしがわたしでいられるってだけで、こんなに魂が喜ぶんだ~~!!って、身を以てこの感じを体感したかったんだと思う。

 

わたしは子どもの頃から女子特有のツルむ感じが苦手で、目的がある時はチームでめっちゃイイ感じで楽しく動くけれど、それ以外では一匹狼的行動が好きでした。

その反面、いつもどっかでパートナーを求めてた!

で、前にブログでもアレコレ書いた様に

独身時代の諸々のお付き合いを経て…笑

その中でも特に“幼馴染みたい~!!”

って自他共に認める程 熱愛だった元パートナーさんと結婚して、ある時点から無意識的に、彼とくっついていないとこの社会で生きてくのは無理!!危険!!

って思い込んでいたみたい。

元パートナーさんもわたしも、互いに家庭を守るため、婚姻関係を守るため、スンゴク努力した!!

窮屈で、我慢を我慢とも気付けぬほど自分を押し込めて社会で生きてた
(この方法しかないと思い込んでた)!

そんなの当たり前に誰もが皆んな普っ通~にやってる事だし、疑いもしなかった。

で、元パートナーさんとの暮らしは本当に幸せだった。

愛があればお金なんて!!ってのを地でいく様な熱愛っぷり。笑

身近な仲良し家族も含めて、「パパ・ママ」とか、「◯◯君のパパ・ママ」ではなく、それぞれの了承の元、愛称で呼び合った。

元パートナーさんとも、「パパ・ママ」である前にお互いいつも一人の男性・女性でいよう。

その方がいつまでも新鮮でいられる様で好き。って話して愛称で呼び合ってた。
(卒婚迄の28年間。今もだけど。笑)

マンネリ化してる時は出逢った頃のドキドキの想い出を引っ張り出して想いを伝え合う。

わたしは独身時代から怒りを感じる事が苦手で、伝えるのも下手で、よく限界迄溜め込んでは大爆発してしまっていた。

そんなわたしが、自分の怒り(ネガティヴと言われる感情)を次第に実感出来る様になり、やがて溜め込まずに小出しに伝えれるようになったのも、忍耐強く関わってくれた元パートナーさんのお陰だ。

更に、子育て期を経て、感情的と言うよりも、提案する様に自分の気持ちを「わたしはこう思うの」って伝えれるようにもなった。

思った事は感情的にならずにアッサリ伝え合う。それがお互いを成長させ高めてくれるという信条の元、倫理的暮らしに照らして目標持ってそれ目指して生き甲斐持って暮らしてた。
(ま、互いに相手に擦りつけ合ったり爆発もいっぱいしてたけどね~w)

良き妻、良き嫁、良き母、良き娘、良き社会人、良き人と成る可く努めて来た。
(不調なときゃ~思いっ切り爆破してたけどね~w←シツコイ汗)

だから、この夫だからこそ、ここまで共に歩む事が出来た。って、日々感謝が自然に湧いてた。

又、罪深く穢れを纏うわたしの様なものを生かしてくださり、時に救ってくださる慈悲深き神様、仏様、ご先祖様方へ朝晩の感謝も忘れなかった。

魂のカルマを清浄しに地球に修行にやって来た果敢なるこの魂にとって、苦難こそが尊い禊、神の領域に少しでも近付ける為の術だと思ってた。

地録の氏神様にも月参りや事あるごとに感謝をお伝えしに参ってたし。

けれど、充実感・達成感とは裏腹に、何処か虚しい。

常に何らかの手本に照らし合わせ無意識の内にじぶんの正しさを確認しないと落ち着かない。

又は、なんらかの権威や誰かに承認して貰っていないと落ち着かなかったのも事実だった。

何かの制約の中、視えない檻の様なものの中で精一杯自由に振舞っていた。

先の不安(幻想)に怯えて、現状に目を瞑ってその見えない檻に気付く事は無かった。

けれど、ある時気付いた!!

ってか、思い出した!!

あ!修行はもう要らない!!

わたし、地球にじぶんを楽しみにやって来たんだった( ̄O ̄;)

それから先は、もう帳尻合わせの理由探して言い訳したり、自分が至らぬ所為にしたり我慢したりする必要も何も無くなってしまった!!

これがやりたかったことだ!!って、
魂レベルでどんどん思い出してって、嬉しくって仕方ないっ!!

けれども、今まで他者承認、他人軸で生きてしまってた事からの自己承認、自分軸へのシフトチェンジ、切り替えはかなりのチャレンジと勇気と根性が必要だった!!

 

所謂、余裕ナシ!!結構必死!!笑笑

 

で、今まで通りの生き方してる元パートナーさんとの価値観に大きなズレが出来てしまって、進めば進むほどその距離が広がってっちゃった。

例えば、わたしにとってとても大切な核となる価値観が“海が好き”って事だったとしよう。けれど、街で生活する中でいつしかそんな事すっかり忘れてしまってた。

海を忘れたわたしは、海の無い土地で、海を知らずに育った彼と出逢う。

彼が海に関して持っている唯一の情報は、“海は危険で恐ろしい”って事で、以後海には全く興味も無く生きて来たとしよう。

お互いに海の事などおくびにも出さず(出す機会も無いし)惹かれ合い何不自由なく仲良く暮らす。

ところがある日、突然わたしは海が大好きだった事を思い出してしまった。

彼が海を知らない(危険で恐ろしいという認識)であると知らずに無邪気にわたしが海大好き~って言う度に、「は?あんな危険で恐ろしいもの?!やめとけやめとけ!!」と、互いの認識が大きく外れている事を知る。

海が大好きだと思い出してしまったわたしには、ここの認識がズレる事がとても苦しい事になってしまった。

始めのウチは彼にもなんとか海に興味を持って貰いたいなぁ~ってそんなアプローチもいっぱいしたけれど

彼の認識は変わらず。それどころか逆に迷惑がられ頑なになるばかり。

虚しさがどんどん深まっていった。

わたしにとって海が大切だからという理由で、
「海には興味が無い」「海のことなんて知りたいとも思わない」「不愉快だ!」と言われているにも関わらず、無理矢理“海”に興味を持って貰おうなんてするのは相手へのコントロール・介入になるから、ある時から、海の話はしないようにした。

暮らしてゆく中で、海をご法度にする事は自分を偽るに等しいと気付く。それ程迄に、わたしにとって海は大切な事だったと分かる。

そして、わたしは海が暮らしに無いことは苦しいと伝え、何年か話し合い、やがてお互いの尊厳のためにそっと離れたのでした。

その後、入れ代わるかの様に、海が好きだという別の存在さんが現れました。

その存在さんは、あんなに「卒業→入学」を当然のこととしていたこのわたしが、一人で歩く楽しさを思い出すキッカケになってくれた存在さんです。

出逢った時、わたしの意識とは関係無く、“ハート(魂?)が震える”という体験をした不思議な存在さんです。

こんな出逢いはわたしが地球に来て初めてでした。

その存在さんは、「真の愛は、所有や支配、コントロール、パワーゲームではない」という事を身をもって教えてくれた大切な存在さんでした。

愛は、相手を尊敬、信頼して感謝すること。

そこにはエゴも期待もパワーゲームも無い。

ただ、愛させてくれてありがとう!って感謝していること。

とってもシンプルでいて大きな愛。

けど、真の愛はとても厳しい。

その存在さんとの出逢いで、情愛やエゴからの嫉妬や期待を削ぎ落とすことの難しさ、厳しさを知りました。

そして、元いたところのおおもとのエネルギーをシェアするという神秘体験をさせて貰いました。

 

しかし現在、わたしの現実にはその存在さんはほぼほぼ現れません。

まるで魂が引き裂かれる様な痛み、求めて泣き叫ぶ様な衝動に駆られる日も多く、頭がおかしくなったかと思う日もいっぱいありました。

執着に身悶えする日々も続きました。

めっちゃ苦しくて辛いのに魂大喜び!!まるで独りSM祭!!わっしょい!笑笑

これも、わたしの魂がやりたかったこと!!ってのだけは分かってるんです!!

常識や既成概念では信じ難い事です。

そして、これはあくまでわたしサイドの真実です。

この何年もの新月満月の潮の満ち引きとで、執着を手放してゆけば行くほど、愛おしさが増すというジレンマ。

苦しくて、けれど、同時にその苦しみが魂の喜びだと確信しているという矛盾。

頭では全く理解出来ない!

今となっては感謝と敬意しかありません。

お陰様で ここ何年か ずっと
念願のひとりで
立ってる感満喫なのです!!

ま、でも この先もし、わたしが肉体もってる内に、この他にも愛おしい自分自身であるかの様な存在さんとの魂レベルでの統合があるのならば、この感覚を大切に丁寧に感じて動いてゆこうと思ってますた。

と、その矢先!!

数週間前迄、最後の最後まで中々取れなかった執着が、この一連の節分、立春、旧正月と新月的流れに乗ったかのように、今、ほぼほぼ無くなった!!

魂レベルの統合ナンチャラすら、今、関係無くなった!!

んなのど~~でもいい!!って、なった!!笑

 

ともあれ、

現在、わたしがくっそ面白い!!

今、非っ常~~にシンプル!!

楽!!

めっちゃ、楽!!

以上、現況報告でした!!

 

はぁ〜〜。

また、わたしのマインドが嘘ついてるんかなぁ?

もはや、お手上げ!!わけわからん!!笑笑

 

お、期せずして、巷は節分、立春、旧正月、新月?なんや、めでたいなぁ♪

これからも、変化・進化してく~~

アハハハハ!笑笑

 

みんなみんな愛~~~ヽ(*´∀`)ノ

2 Replies to “海辺と砂漠ほどかけ離れた価値観の中で、その橋渡しの様な毎日に疑問と苦痛を感じる様になった話からの~~話!笑”

  1. 人を好きになるのに理屈はないものね。
    きょんさんの切ない気持ち
    私はよく分かる。

    私も同じですよ。

    今日もきょんさんらしくね!
    私も私らしく♡

    でもやっぱりパートナー欲しいわ♡(笑)

    1. JUNちゃん♡
      胸が締め付けられる様な気持ちって
      ニンゲンやってて醍醐味ですよね〜〜。

      コレコレ!!来た〜〜ってなるね〜〜笑!可愛い♡
      流れに身を委ねて、今を楽しんで味わってゆこっと。

      JUNちゃんのパートナーさん楽しみ♡
      JUNちゃんも素敵な今日を〜〜☆

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